地震をのりこえるための、岡本太郎の言葉。

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233月
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この地震から来る
明日への不安、余震の恐怖、大切な人を失った悲しみ、

それらをのりこえていくために役立つかもしれない、岡本太郎の言葉を集めてみました。


「なんでもいいから、まずやってみる。
それだけなんだよ。」

「やりきれない。
でも、だからこそ行動するんだ。
障害を全身で受け止めて、逆に生きがいにしてしまうんだ。」

「人生は意義ある悲劇だ。
それで美しいのだ。」

「もっともっと悪条件の中で
たたかってみることだね。」

「ぼくのコミュニケーションに対して
賛成でも反対でもいい
応じてくれる人ぜんぶが
ぼくの友達だ。」

「孤独感にたじろいじゃって、逃避してしまっている、
ごまかしてしまっているところに虚しさがあるんで、
逃げない、ごまかさないで、積極的に孤独をつらぬけば、
逆に人間的にひらいて、みんなと一体になることができる。 」

「おのれだけが自分じゃない。
向こうから迫ってくる運命というのも、自分自身なんだよ。 」

「われわれの環境、世界は
無限の迷路だ。
だからこそ生きがいがあり
情熱がわく。」

「どんなにつらい状況の中にあっても
にっこり笑って
悲劇的でありたい。」

「自分の姿を
ありのままに直視する
それは強さだ。」

「いいかい、怖かったら怖いほど、逆にそこに飛び込むんだ」

「『危険』を感じる。
それはつまり死の予感なんだ。
そのとき、よし、それなら死んでやろう、
と決意しておそろしいほうに飛び込む。
パァッとその瞬間、全身が生きてくる。」

「死を怖れて尻込みしていても、それは意味がない。
”死”と”生”はいつでも対面しているものなんだ。
むしろ、恐怖と面と向かい、”死”と対決しなければ、
強烈な生命感はわきおこってこない。 」

「死に直面したときこそ、
生の歓喜がぞくぞくっとわきあがるのだ。
血を流しながら、にっこり笑おう。」

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余震の時に感じる漠然とした恐怖、不安感は
突き詰めてみれば「死の恐怖」という人間の根源的なものではないでしょうか。

そのときに、その恐怖心を受け入れて
そこからいったん離れて
深呼吸をして
自分の運命をゆだねてみれば
何かが変わるかもしれません。

あらゆる出来事が他人事ではないこの今、
「自分に何が出来るか?」も大切ですが、その前に
まずは自分が強くあることが大切だと思います。


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